楽しい国語について
国語(こくご)とはその国を代表する言語で、その国の公用語あるいは公用語的扱いとなっている言語をいいます。国民国家形成の必須条件である。本来は明治時代に日本で作られた漢語だが、この語の創始者については三宅米吉・物集高見・上田万年など諸説があります。
日本における日本語のように国民の大半が同一言語を話す国の場合、その言語が国語となりうるが、同じ国内で様々な言語が話されている国も多く、一番多くの話者がいる言語を国語とするには民族感情などの問題が多い。しかしシンガポールのように、歴史上の理由から国民の大多数の母語である中国語を国語とせずマレー語を国語にしている国や、アイルランドのように、民族本来の言語であるアイルランド語を国語に制定していても、ほとんどの国民が早くから英語を母語として話している国もあるのだ。
日本では、学校教科名に「国語」科、日本語の辞典を「国語」辞典というように使用するが、世界的に見ればこのような例は少ない。たとえばアメリカやイギリスの学校で行われるのは“English”つまり“英語”の授業であって、“国語”の授業ではない。
なお、“国語”という単語は、中国・朝鮮半島・ベトナムなどの漢字圏に逆輸入され使用されているらしい。
日本語では、言語を「何ヶ国語」と数えることが多い。しかし、国語でない言語が多数存在し、一国に複数の公用語・言語がある場合が多いなど、本来、国と言語を結びつける必然性がないことから「何言語」とするほうが適切である。同様の例に「母国語」と「母語」があります。
国語という名称は国民国家を前提としたものであり、「日本語」を「国語」と呼ぶことは、アイヌ民族と在日中国人と在日コリアン、さらには、国内外で日本語を使用する非日本人全般を排除してしまうために好ましくなく、「日本語」として名称を統一すべきであるという意見が、近年、いわゆる左派の知識人の間で強く主張されてる。2004年に国語学会が日本語学会へと名称変更がなされた事実(参考)には、こうした背景があります。これに対し、「国語」と「日本語」はどちらも中立な用語であり、前者は通時的(歴史的)な文脈で用い、後者は共時的(他言語との相対化)な文脈で用いるとする立場がある。学校教育で、現代の日本語ではない古文や、もともと日本語ではない漢文、外来文字であるローマ字も含めて「国語」と呼ぶのは、こうした考えに基づいている。
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